サバイバル日和

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明治天皇はすり替えられた?西郷隆盛の写真はなぜないのか? 「禁断の幕末維新史」は、我々に常識を疑うことを教えてくれる。

こんにちは!

世の中、陰謀説や都市伝説など「信じる、信じないは、あなた次第! 」的な話はいっぱいあります。しかし、歴史(史実)として学校で教えられていたものが、その時の支配者(為政者)により、嘘で塗り固められた、デタラメだったらどうですか?

 

戦争中の日本や、世界の歴史をみると、そんな話は数多くあります。玉石混淆の情報が溢れている現在、”疑う”ことなく、情報を受け入れることは、サバイバルな生き方ではありません。最近読んだ本で、疑う=思考する、ことの大切さを、改めて認識させられましたので、ご紹介させていただきます。

 

「禁断の幕末維新史」 著者:加治将一

【目次】

第一章 坂本龍馬暗殺の真犯人は目の前の男だった!?

第二章 北朝から南朝へ明治天皇はすり替えられた!?

第三章 実物とは異なる西郷隆盛の肖像が広められた真相

第四章 皇女・和宮のすべては抹殺!?

第五章 出口王仁三郎は有栖川宮のご落胤ゆえに弾圧!?

 

第一章では、江戸時代末期、尊王攘夷派(薩摩藩、長州藩など。天皇を尊び外国を排斥する)と、公武合体派(幕府、考明天皇など。朝廷と幕府が協力して幕府体制の再強化をはかる)の争いの中で、勝海舟や坂本龍馬の活躍で、大政奉還により、徳川温続が一旦はきまり、公武合体に動きだしたところに、第三の勢力として、親英討幕派が動き出し、暗躍が始まるというものです。

 

親英討幕派は、イギリスの援助を受ける、岩倉具視、大久保利通、桂小五郎などを中心とした、孝明天皇をすり替え、幕府から実権を奪おうとする武力改革派です。土佐藩も武力改革派です。勝海舟の影響により、公武合体派(無血革命派)に寝返った、坂本龍馬を、中岡慎太郎が、寺田屋で最後の説得にあたり、結局、意見が合わず、斬り合いになったというものです。どうです?ありそうな説ではないですか?

 

第二章と第三章は、もっと驚きの内容で、明治天皇は、実は長州藩に逃げ、長年庇護されていた、南朝の末裔の大室寅之助(おおむろとらのすけ)であり、鳥羽伏見の戦いのドタバタの中で、明治天皇と入れ替わった。というものです。西郷隆盛の写真がないのは、以下添付のフルベッキ写真と言われているものに、西郷隆盛が写っており、そこには、大室寅之助も写っているため、親英討幕派(後の明治の為政者達)が、隠蔽をはかったからという説です。

フルベッキ写真

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西郷隆盛はフルベッキの息子の後ろの厳つい男、大室寅之助はフルベッキの息子の前の男では?という説です。

 

これらの説、私はまったく知らなかったのですが、ネットで調べてみると、結構、前から言われている説のようで、多くの方が取り上げておりました。

 

その他の章も、内容はどす黒く、歴史の暗部的説ですが、あるかもしれない…というものでした。最後に、著者は、我々は「なんでも知っているが、何一つわからない」ことさえ知っていれば、日本もかろうじて大丈夫では。と言って締めくくっています。

 

疑う=思考力を養い、サバイバルな世の中を生きていく必要がありますね。では!

参考)こちらも面白そうです。