サバイバル日和

弱肉強食の世の中を、サバイバルに生き抜くための情報を発信していきます。

サバイバルと言ったら、横井庄一さんです! グアム島で28年間、1人で戦争を続けていた伝説の日本兵です。

こんにちは。ヨシです。

「サバイバル=困難な状態から生き残ること」

日常生活をおくっていると、サバイバルなことはないような気がしますが、実は日々、一寸先は闇で、いつ何が起きるかわからない日常を送っている気がします。

 

今回は「こんな人いたんだ…」というサバイバルな人を紹介したいと思います。

 

横井 庄一(よこい しょういち)1915年~1997年(享年82才)

横井さんは、グアム島で日本軍兵士として戦い、1945年太平洋戦争終結を知らずに、1972年に、グアム島の猟師に発見されるまで、ジャングルの自作の地下壕などに隠れながら生活し、28年間サバイバル生活を送ってきた、元日本兵です。

 

1972年と言えば、40代の私が生まれた頃ですが、幼いころに、横井さんが、たまにテレビに出ていたことは薄っすらと覚えております。20代、30代の人はまったく知らないのではないでしょうか。横井さんのことを詳しく知りたい方は、横井さんの奥様が、私費で建てられた、記念館のホームページがありましたので、以下「横井庄一記念館 公式サイト」を、ご参照ください。↓

http://www.kuronowish.com/~oshika18/newpage201.htm

 

現在、観光地でしか知られていないグアム島は、戦争の激戦区で、今も戦争の遺跡が残っているようです。青い空と海のグアム島観光をする際に、戦争について考えてみるのもいいかもしれません。横井さんの住居あと(再現)もあるようです。

 

終戦後もしばらくの間、東南アジアの各地、南洋の島々には、残って戦い続けた日本人が結構いたようです。戦後しばらく経ってから発見された日本人を紹介しておきます。

 

小野田 寛郎(おのだ ひろお)1922年~2014年(享年92才)

フィリピン、ルバング島の密林で、日本の敗戦を知ってからも、フィリピンのアメリカ軍と戦い続けていた元日本兵。戦後29年後の1974年に、元上官の任務解除・帰国命令にて帰国。ラジオや新聞で終戦や日本の復興の状況は知っている中で、なぜ戦いつづけたのか?非常に興味があります。

小野田少尉との三ヵ月「幻想の英雄」

小野田少尉との三ヵ月「幻想の英雄」

 

 

中村 輝夫(なかむら てるお)1919年~1979年(享年60才)

日本統治時代生まれの台湾人。インドネシア、モロタイ島で、終戦から29年後の1974年まで潜伏していた。

 

サバイバルな人を、と書き始めたのですが、戦争に翻弄された先人達を調べると、かなり考えさせられる内容となってしまいました。ではまた。